剱岳八ッ峰六峰Cフェース・剣稜会ルートを登りました。
列島に張り付いた秋雨前線の間隙をぬって太陽が顔をだした9月5日、終わってみれば正味19時間と45分の厳しい登攀でしたが、“苦しい”とは一度も感じることがなく、それは事前の覚悟と連続する緊張感がそうさせたのでは・・・?!

ザイルの相棒は学生時代のクラブの1学年後輩で登山ガイドの資格を持つ長澤正憲君、クワウンナイ川や八ヶ岳・横岳小同心クラックなど一緒に登りましたが、六峰Cフェースはクライミング技術以外にも、アプローチの雪渓の登下降やファインディングなど総合技術が求められ大いに助けられて、彼の力なくしては叶わなかった登攀だったと思い、長澤君には感謝感謝です! 
                                           【長澤君からの写真提供有り】
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剣稜会ルート3P目テラスにて    長次郎谷登り     (写真提供・長澤)

【アプローチ】
2013年の7月25日、Cフェースを目指し富山空港経由で室堂から入山、梅雨が開けきらずに連日雨に打たれ別山乗越に上がるのが精一杯だった。

月が開けた9月1日、2年前と同じ便で富山空港入り、迎えに来てくれた長澤君(静岡県袋井市在住)の車に乗り込み道の駅(どこだか不明)の軒先を借りて寝袋に潜り込み初日からの“ビバーク”、緊張もあってなのか、浅い眠りに何度も寝返りを繰り返す(残念ながらここで爆睡するほどの太い神経は持ち合わせていなかった)。

明けて2日立山駅からケーブルカーで美女平へ、、朝一番の室堂行のバスに乗り込む、途中から雨が激しくなり、上に上がるに従がってガスで見通しが悪くなっていく、2年前と同じだっ!  室堂のバスターミナルは観光客と登山者でごった返していた。雨具を着込み手持ちのザイルをザックに入れターミナルから出る。
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   富山便は1便のみ      長澤君です

今回の計画は
1日 富山空港にて合流 ⇒ ○○道の駅ビバーク(入浴&入山祝いの酒宴)
2日 立山駅 ⇒ 室堂 → 雷鳥平 → 別山乗越 → 剱沢テントサイト(テント泊)
3日 剱沢サイト → 剣沢 → 長次郎谷 → 六峰Cフェース登攀 → 真砂沢ロッジ(小屋泊)
4日 真砂沢ロッジ → 長次郎谷 → 六峰Aフェース登攀 → 長次郎谷 → 剣沢 → 剱沢サイト(テント泊)
5日 予備日
6日 剱沢テントサイト → 別山乗越 → 雷鳥平 → 室堂 ⇒ 立山駅

ガイド業で忙しい長澤君に時間を融通してもらい、Cフェース“だけ”は何としても登りたく、真砂沢ロッジの小屋泊になお予備日を加えた。登攀優先で全て小屋泊まりということも考えたが、基本はテント泊を譲れず計画を立てた。食糧計画、装備計画など何度も何度もメールでやり取りをした。長澤君には山(仕事)から戻ると私からのメールが待っていたはずで、面倒くさがらず食糧など綿密に計画を立ててくれた。私はネットで記録を読んではヌンチャクの数量は、キャメは必要か、ザイルはシングルにしようか・・・悩んだ。当初シングルのつもりだったロープをダブルとして手持ちの荷物に加えたのは出発当日の朝だった。

空港での機内預けのザックの検量計は丁度17.0Kgを示していた。そこにピッケル、水1L、50mザイルが加わたので20Kgは越えいたと思う。一方、テントに食糧の大半を背負った長澤君のザックは、自宅出発時から20Kg超えで、室堂ではほぼ24Kg位にはなっていたのでは、二人とも20kg以内に収めようと研究をしたのだが、クライミングギアー持ちのテント泊では無理だったようだ。

雨のターミナルを出た途端にラッキーにも雨が上がり青空が広がる、それだけで気持ちは青空以上に晴れ上がった。“暑い”と文句を言いながら雷鳥平まで下り雨具を脱ぐ。一呼吸入れていよいよ別山乗越への登りに取り掛かる。2年前とは違い、決して早くはないが自分でも不思議に感じるくらいいい感じで登れる、調子は悪くない。
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 別山乗越への登り     別山乗越から剱沢に下る    本峰と八ッ峰の岩峰群(サイト地から)

ほぼ予定通り、順調に別山乗越に到着、雨がぱらっと来たので、いったん降ろしかけたザックを背負い直して一気に剱沢のサイト地を目指す、整備されているとは言え、3000m近い稜線だ、ここまで来て捻挫と言う訳には行かぬ、慎重に下って無事サイトに到着。テントを丁寧に立てていると剱沢の霧が晴れ、ついには剱岳の本峰まで見事に顔を出す。深く切れ込んだ剱沢の向かいに屏風のように広がった岩稜は源次郎尾根とばかり思っていたが、それは八ッ峰の一峰からの広がりであった。

室堂(発)9:15 → 9:58(着)雷鳥平(発)10:22 → 11:31(着)休・2462m(発)11:55 
→ 12:35(着)剱御前小屋(発)12:40 → 13:24(着)剱沢サイト


その夜聞いた翌日の天気予報は悪かった。その時点で最悪予備日利用の6日下山も考慮して、個人の行動食も含め手持ち食糧のチェックをした。

翌3日予想通りの雨、4日5日と予報は悪くなかったので、予定を一日ズラスことにして停滞と決定。昼前に雨はいったん上がったので剣沢の降口を偵察に行く。サイト地で想像するよりは剣沢の下りは問題がなさそうだった。3大雪渓とはいえ一般ルートとなっているので当たり前なのだが・・・。
その夜の天気予報では、朝より悪くなっていた、どうも回復が後ろにずれていっているようだ。予報通りだったら4日のアタックは諦めて、天気に関係なく(悪くても)4日中に真砂沢ロッジまで降りて、5日にかけてみようと言うことになり、早々とシュラフに潜り込む。
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   ベースのテント        やること無いっ!         剣沢偵察

案の定、夜中から激しい雨となり風も強い。4日のアタックも諦め翌日5日に全てを賭けることにする。Cフェースは容易に我々を近づけさせてくれないなぁ~と、苦笑いするしかなかった!

4日、出発したのは5時半頃だったか6時にはなっていなかったと思う・・・(面倒くささもあり記録を付けるのを諦める・ダメじゃん!)。
雨のなか真砂沢ロッジに向けて剣沢を下る、思ったより雪渓は後退していたが、長次郎谷出合まで雪は繋がっていて降りやすいという情報は前日に得ていた。懸念していた斜度もないうえアイゼンを着装したのでなおさらに降りやすい。途中源次郎谷出合で滑落停止の練習でもしているのか数人の人影を認めるも静かな静かな雨の雪渓だ。
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     剣沢を下る         ずぶ濡れ  

長次郎谷出合の手前で単独行者が登ってきた。雪渓の様子を尋ねると“出合”の先で雪渓は切れていて左岸の夏道に上がるのだとか・・・。そこから少し下ると左手から大きな長次郎谷の雪渓が合流していた。出合で立ち止まって雪渓を見上げていると、「どちらに行かれるのですか?」といつの間に近づいたのか二人の登山者のうちの一人がわざわざ登ってきた。「Cフェースだけれど、天気が悪いので真砂沢のロッジに泊まって明日登る予定です」と説明すると、県警の山岳警備隊だと名乗り、「一週間前にこの下の雪渓が切れる何とかの滝で滑落死亡事故があったばかりなので気を付けて降りるように、すぐ下で左岸の夏道に必ず上がってください!」と言い残し雪渓を降りて行った。
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事故のあった滝(口が開いている)  ロッヂが見えた   行方不明者を探す県警ヘリ

時間はまだ9時を回ったばかりで、元気な相棒は、長次郎谷を途中まで偵察に行こうと言う。天気が悪いしできるだけ無駄な動きはしたくなかったが、「ちょっとだけ行くかぁ?!」と承知する。ゆっくりマイペースで登るので先に行くように促すと、やる気満々の長澤君はグングン長次郎谷を登っていき、余り気乗りのしない私とはどんどんと離れていく。剱沢と比べると斜度は急でなお、登るにしたがってもっと斜度が増していくのが判る。どうせ明日は登らなくちゃならないし、緊張するのは一回でいいと、なおもグイグイ登る長澤君をユルユルと追いかける。オーイ!と叫ぶが聞こえない、そのうち振り返るだろうと諦めてゆっくりと後を追う。やがて振り向いた彼に降りて来いと手を振ると、すぐに引き返してきた。

剣沢に戻ると夏道はすぐにわかった。アイゼンを外しながら雪渓を覗き込むと、崩れた雪渓の中に大きな滝が轟音を響かせ大量の水を落としている、ここに落ちたのか・・・、想像したくないという意思に反してその光景がリアルに浮かんできた。
夏道を進むとすぐに真砂沢ロッジのいかにも頑丈そうな石垣が意外な近さに見えた。

雪崩で押しつぶされかかったのが明白なロッジはドアも廊下の戸も壁もすべてが傾いていた。同宿のガイドが小屋のオヤジさんに向かって「佐伯さん!」と呼んでいる、そっかぁ~、由緒ある人の末裔なのだとその風貌からも立ち振る舞いからも容易に想像できた。“佐伯さん”の話だと、このロッジの宿泊客の9割はクライマーだとか。夕食は決して豪華ではなかったが、工夫の跡がうかがわれ好感が持て、特にとろろ芋が美味しかった。6時半には布団にもぐり込んだ。屋根をたたく雨音が又大きくなる、それでも明日は晴れると夕方の天気予報を信じて目をつぶるとあっという間に深い眠りに・・・うまい具合に疲労が蓄積されていたようだ。

一見強面の“佐伯さん”は優しいオヤジだった。3時には暖かな朝食を食べさせてくれた。ボリュウム満天の牛丼を詰め込んでいる我々に、「それだけ食欲があれば大丈夫だ」と励ましてくれ、それから2度も3度も「一度壁に取り付いたら前のパーティーも後ろのパーティーも一切気にするな、必ず自分のペースをしっかり守って登るようにっ!」とアドバイスをくれた。
3時45分登攀具とザイルと、少しの行動食に1Lの水を背負ってヘルメットに取つけたヘッドランプに明かりを灯してロッジを出発した。

【登 攀】
真っ暗な雪渓から夏道に抜け、ヘッドランプで足元を照らしアイゼンを着装、不気味に口を開けているはずの滝の横から剣沢の雪渓に降り立った。すぐ上の出合で右の長次郎谷に入り徐々に傾斜を増す雪渓を先行する。長澤は辛抱強くマイペースで登る私の後ろを忠実についてくる、頼もしくも心強くも感じるガイドそのものの登行だった。
ヘッドランプの明かりだけが頼りで、どんなところを登っているのかわからなかったが、傾斜が増していくのは体感で判った。
それでも背後の尾根が白みだすと、周りは急速に明るさを増していき、改めて晴天を確認ができいよいよ登るのだと気持ちが引き締まる。
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  ヘッドランプが頼り      足元はまだ暗い       夜が明けました・快晴です!

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ゴルジュで口を開けている雪渓をさけ一旦夏道へ、マスマス斜度の増した雪渓に戻り、Aフェース下を目指す
熊の岩もはっきり見える高さまで上ってきた、もう一息です。


5.6のコルから踏み跡をたどるとAフェースの基部に降りてくることになるので、踏み跡脇にアイゼンとピッケルをデポする。Aフェースの基部を巻きBフェースの基部も巻き、ついにCフェースのテラスに到着。気持ちを落ち着かせるためにゆっくりとハーネスを付け、取りつき点を目で探すが・・・どこがスタート地点なのか?ハーケンの一本くらいはあるだろうとタカをくくっていたが・・・無いっ!取りつきは??? 奥にやっと一本ハーケンを認め、確認するも奥過ぎて・・・壁を見上げても・・・同様にどこにもハーケンが見つからない。「斜度のない易しいフェース」を信じて目の前のクラックに取り付く。

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150mのCフェースを見上げる   取りつきのテラス      熊の岩越しの源次郎尾根(テラスから)

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このクラックから取りつきました(9:05) セコンドの長澤君もグイグイ来ます。
1P目は情報通りで35mにハーケンは一枚だけ、でもガバばかりで気持ちの良く登れました
終了点は凹角の中でハーケンが一杯、ルートの正しさを確認して一安心


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2P目、そのまま凹角を登り途中で左のフェースにでます
2Pを登る長澤君です、振り返るとこんな景色が展開していました
2P目からはハーケンがベタ打ちで精神的に助かる、ルートが間違っていないという確認が気持ちを楽にしてくれる


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2P終了点の快適テラス 真横には剱岳の山頂に立つ登山者も確認できました
3P目、壁がだんだんと立ってきて予想以上の斜度で一枚フェースの為高度感も抜群
相変わらずハーケンが豊富で助かる


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いよいよ核心のナイフリッジです。どの情報も“易しい易しい”だったが
思ったよりホールド、スタンス共に小さく、慎重に行く。気付くと終了点が足元のさらに下にある。
クライムダウンが嫌で、ハーケン3枚にスリングを慎重にかけてビレー点とする


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最終ピッチはツルベで長澤君がリード、ほどなくCフェースの頭の広場に到着

4時間半ぶりに転落の危険がない広場で腰を下ろすも、予定より大幅に遅れており
水を飲んだだけですぐに下降の準備に取り掛かる

事前情報では、5.6ノコルへの下降が難しく、特にガスっていると多くのパーテーが岩稜を長次郎谷とは反対の三ノ窓雪渓に降りてしまうとのことだった。時折三ノ窓雪渓から不気味にガスが上がってくる、「一度 三ノ窓側に廻り込み・・・」その通り急な踏み跡がついている、降りていくとなるほどどこから見ても立派過ぎる懸垂用の支点がセットされていた。“だまされないぞっ!”しっかりした視点を無視してそのまま下降を続けるが、いつの間にか踏み跡が消える???「一度 三ノ窓側に廻り込み・・・」をうのみにし過ぎたのか、長澤君は右にも踏み跡があったと主張、登攀具で重くなったザックを背負って踏み跡を登り返す。ふと見上げた大岩の上にお供えのように2個の石が重なったケルンを発見、ハイマツをこいで登ってみるとはっきりとした踏み跡が、たどると密生したハイマツの中に明らかな懸垂用の支点が・・・安堵する。慎重に補強を加え、ザイルを確実に回収するために学生時代に買いためた古いカラビナを捨てることにする。
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  下降ルートを探す私     3回目の懸垂下降中の私

一回目の懸垂支点がしっかりしていたので、もう安心と思ったのは大間違いで、合計4回の懸垂下降は支点探しやセッティングに困難を極め、5・6ノコルに降り立つのに4時間以上を要した想像以上のハードワークだった。

Aフェースの基部のデポ地に降りられたのは17時を回っていたと思う、長澤君から水をもらって味噌パンのかけらを流し込む、午前3時の朝食以来の固形物だ。もたもたとアイゼンをつける私を長澤君は忍耐強く待ち続けた。雪渓に降り立つ寸前私のハーネスにつけたままの120cmスリングを自分のハーネスにぶら下げた。多分・・・急な雪渓下りに備え私のサポートのための行為だったのだろう。半分無意識に時計をみるが、時間を知ろうという意識は強くない、テントへの帰還は真夜中になることは解っていて覚悟はとっくについていたためだろうか・・・焦りはなかった。

17時半は確実に過ぎていたように思う。先に雪渓に降り立った長澤君が思わず「柔らかい!」とうれしそうに声を上げた。昼間の太陽で雪の表面が解けていたのだ。アイゼンがよく効き膝を使ってリズムかるにかつ慎重に降りる。傾斜は下に向かって斜度を増し、カーブを描いて先が見えなくなっている。朝の登りで先行するパーテーが落としたストックがゴルジュで口を開けている雪渓の中の滝に落ちていったサマを思い出し慌ててほかのことに思いをそらす。
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  日暮れ前に少しでも下へ

焦りは全くと言っていいほどなかったが、ゴルジュ横の夏道から、再度雪渓に乗り移るまでは何とか明るいくあっって欲しかった。長澤君は私以上にその思いは強かったようだが、慎重に下る私を決してせかすことはなかった。口を不気味にあけているゴルジュの滝を夏道で巻き再び雪渓に戻った時、ついにヘッドランプの明かりを灯した。深い谷の中の雪渓はたちまちにして真っ暗闇となり いつ果てるのか先の全く見え無い闇の雪渓が続いていた。

右に張り出す岩壁で長次郎谷がヤット終わり、剣沢の出合に着いたことが解った。出合で一本取ろうと話していたが、そのまま鋭角に右に向きを変えゆっくりと剣沢を登りはじめた。
途中一回だけ立ったままの休みを取り、もらった水で味噌パンのかけらを流し込む。剣沢の雪渓からの出口が旨く見つかるか、それほど悲観をしてはいなかったが、途中から右岸が気になりだし、左、左と枝沢に引き込まれては本流に戻るというジグザグ登りを繰り返す。二つのヘッドランプが照らし出すのはスプーン状にカットされた薄黒く汚れた雪ばかりであった。
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  ヘッドランプを頼りに   これほど価値のあるケルンは初めてでした

縦に重ねられた2個の小さな石がヘッドライトに照らし出された。懸垂下降の支点探しで見つけた小さなケルンとそっくりだった。
さすがにホッとしたが、これから剣沢小屋への最後の登りが残っている。体力的には限界に近かったが、精神的にはビックリするほどバテテはいなかった。違法な“薬”を疲れている時に(ある種の人が)使用するとの話を聞くが、終日の緊張感が極端な興奮剤になっているのだろうか・・・。

這うようにテントにたどり着いたのは22時半丁度だった。胃にわるいなぁ~などと思いながら水場で冷たい水をがぶ飲み、トイレにもいかずにそのままシュラフに潜り込む。となりでは長澤君が何やらザックをあさっている、非常食でも口にしているのだろうか?
私は空腹よりも疲労感のが強く、たちまち奈落の底に転げ落ちるように眠りに落ちていった。

6日朝周りのテントから起きだした人々の動きで目が覚める、緊張感から解かれたたなのか体より気持ちが動かずシュラフの中から出られない。だが今日は下山が待っている。よろよろシュラフから起きだし 緩んだ気持ちを何とか巻き戻し予備の“棒ラーメン”を作る。何とか撤収をおえ、パッキングを終えザックを背負うが、来た時より重く感じる。気が抜けているのか緊張感に欠けるのか・・・これから別山超えて雷鳥平に降りて・・・室堂までの登り返しの死の石段が待っているんだぞっ!気持ちを入れ替え登攀ギアーのぎっしり詰まったザックを背負う。

剱御前小屋でカレーヌードルの“贅沢”をする(笑)、雨脚が強くなったので雨具を着込んで小屋から出る。日曜なので同じような登山者でごった返していた。気合を入れなおして数日前に登ってきた路を注意深く雷鳥沢に降りていく「遅くてごめんよ!」と謝ると、「早いですよ!」との返事、終始忍耐強く私のペースに合わせてくれた相棒に感謝しつつ小雨の砂礫の道を下っていく、登りの時の緊張感から解き放されて、気持ちはズーッと楽チンだった。それにしても冷たい風に雨付きの雷鳥平から室堂への長い長い石段のなんときつかったことか・・・。

東京・八王子の実家立ち寄り、8日午後遅く、達成感というよりズーット強い“ホット”感を感じながら羽田空港の59番ゲートで札幌便の出発を待っていました。
           お終い
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2015.09.05 / Top↑
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まとめ