オラ!エスパニョール!!  ⑮【いよいよ帰国・・・がっ、その前に!】
4月6日、帰国便のスイスエアー成田行きは13:00発だったが、時間ツブシは空港でと9時前にホテルをチェックアウト。空港での搭乗手続きは待ち時間もなく簡単に終わったのだが、またしてもスイスエアーLX160の出発が2時間遅れになってしまった。今回の旅行はほとんどすべてにおいて予想以上にスムーズにいったが、唯一飛行機だけはなぜか遅れてばかりだった。
空港ビル内のショップをのぞきながら土産物を物色していたが、相変わらず飲めず食えずで、いよいよ身体から力が抜けてしまい、一人椅子にへたり込んでしまった。一人で買い物に行くように言ったカミさんがしばらくして戻ってきた。空港ビルの最上階に診療所を見つけた、飛行機の出発は2時間も遅れて出発までにはまだまだ時間があるし、長いフライトに備えて一応診療所で診ておうと盛んにノタマウ。点滴でもしてもらえれば少しは力が入るようになるのか? そうするか・・・重い腰を上げて診療所にむかった。確か7階だったか エレベーターのドアが開くと、そこはいきなり診療所の受付カウンターで、、正面奥の窓の外は広々とした空港の風景が広がっていて、清潔感にあふれ、とてもきれいな診療所だった。受け付けはカミさんに任せて椅子に腰かけボーッと滑走路を眺めていた。
IMG_4814.jpg IMG_4815.jpg IMG_4813.jpg 
   メディカルセンター      空港が見えて明るい    ベットに横たわる私

しばらく待たされてから看護婦に案内されて廊下を進みいくつかのドアを通り過ぎて、とある一室に入れられベットに寝るように促され血圧計を腕に巻かれた。しばらくすると今度はドクターが入って来た。ベットに寝ている私を覗き込むように身を乗り出し、名前(たぶん)を名乗りながら 右手を差し出してきたので、お腹の上に右手を差し出して握手をした。強く握られた握手に安心感がわいてきた。お腹を丁寧に何度か強く押されたが、特別の痛みはなかった。ドクターとカミさんが何やらやり取りをしていたが、少しでも理解しようなどという気力は皆無で、ただボーっとベットの上に寝そべっているだけだった。特段深刻な状況ではないらしく、ドクターは笑顔で病室から出て行った。カミさんによれば、何かの菌がお腹に入っただけで、熱もないし特に問題はなく、水分を十分にとり、一応下痢止めの薬を出しておくので、ということだった。「スペインのボイルはいい加減だから・・」と言うようなことを言っていたようだった。
IMG_4817.jpg IMG_4818.jpg IMG_4820.jpg
  一番上に遅れの表示    移動は構内の地下鉄で    出発ロビー


出国手続きを終え、出発ロビーに向かった。又チューリヒ空港に戻ってきたい!そんなことを思いながら2時間遅れのLX160の出発を待っていた。12時間余のフライトはさすがに長かったが、背中にトイレのある一番後ろのお気に入りの座席で、何とか薬を飲むことなく、もちろんワインもビールも我慢して暖かいお茶を飲みながら、成田空港に無事着陸をした。
IMG_4819.jpg IMG_4821.jpg
        LX160便で日本に帰ります

荷物を受けとると、人でごった返す成田空港内の診療所に、今度は自分から積極的にむかった。時刻はほとんど12時になっていたが、何とか診察してほしいとカミさんが交渉、OKの返事をもらう。施設はチューリッヒ空港とは雲泥の差、窓のない狭い診察室にはどこかの大きな病院で定年を迎えたような、もちろん握手なんか10年以上もしたこのないような年配の医師がシャツをまくり上げた私のお腹をそっけなく押した。結果はチューリッヒと同じ診断だった。そして、点滴受けたいのならお好きにどうぞという感じだった。そうじゃな~い!患者はかなり弱っているんだっ、点滴は 「お好きにっ!」じゃなくて、「受けなさいっ!」だろ?!と心で毒づきながら、点滴のお願いをする。待合室の長椅子に横たわるように指示をされ、ガラガラと薄いレースのパテーションを押してきて目隠しがされて、点滴がはじまった。

私が長椅子で点滴をし強調文ている間にカミさんは昼食を取ってくると出て行った。やがて戻って来たが、迷ったが寿司より汁物を取りたくなり、天ぷらそばにしたが、とてもおいしかったと至極満足げだった。成田空港からリムジンバスで羽田空港にむかった。羽田空港からタクシーで娘のところに向った。
マンションのドアを開け私の顔を見るなり開口一番「ガンで死ぬときはこの顔だぁ!!」 ゲラゲラと大笑いで迎入れられた。

      お終い
スポンサーサイト
2016.04.20 / Top↑
まとめ